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涼子の部屋〜セカンドハラスメント〜

セカンドハラスメント〜罪の意識なき重き罪〜
ホームページhttp://secondhara.ayumu-office.com/ にセクハラ被害と被害を『声』にしたことによるセカンドハラスメント(セクハラの2次被害)のことを書いてきました。

セクハラもパワハラは、被害者の問題ではありません。加害者の問題です。
そして、セカンドハラスメントの概念は、被害者・労働者側の概念ではなく、事業主・社会保険労務士がリスクマネジメントとして持つべき概念であることに気がつきました。

被害者にとっての真の解決は、自分と同じ被害に遭う人が皆無になることです。
終わりはないのです。。。
加害者側が無理に終わりにしようとするから歪が生じるのです。

実務的には事業主側の社会保険労務士として、被害女性として、セカンドハラスメントの概念≒リスクマネジメントを書いていきます。

理不尽なこと。。。祈るしかないの。。。
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    久しぶりにブログを書いています。

    書きたいことは、山ほどあるのに。。。ありすぎて、まとまりません。

     

    理不尽なこと。。。たくさんあります。。。

     

    セカンドハラスメントという言葉も広がっているようです。

    セクハラは、『悪』ということは、表向きには浸透しています。

    でも、全てのセクハラの被害女性が救われているわけではありません。

    まだまだ、セクハラの被害の傷から立ち直ることができず苦しんでいます。

     

    私には、祈ることしかできません。

    毎日毎日、祈っています。

    「性的異常の生き物と存在を許しているその家族とそれを擁護する人間達の上に、私たちの災いの全てを苦しみの全てを追いやって下さい。」と。

     

    心の底から、世界中のセクハラの被害女性が笑顔を取り戻し幸せと感じられるようになるまで、社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口にDNAを持つ生き物が幸せになる資格も権利もないと思っています。

     

    そう思うことに罪悪感を感じたこと時がありましたが、今は、全くありません。

    むしろ、その思いを肯定できたとき、心が軽くなりました。

    現実に私には、「幸せでない」と口にすることができない状況ばかりです。

    本当に、誰が見ても『幸せ』でしかないでしょう。

     

    理不尽なこと、一人一人が『次のために』と改善するための行動をすることが望ましいでしょうが、行動できないときもあります。

    『次のために』と祈ることが大切だったのです。

    自分のためだけではなく、『次のために』に祈ること。。。

     

    いつか、きっと、理不尽なことが。。。なくなることを信じて。。。

     

    祈って下さい。

    自分を苦しめている相手に、この苦しみが追いやられることを。。。そして、『次のために』。。。

     

    セクハラの被害に遭いながらも、顔がわかる相手に呪いと言える思いを祈ることは、難しいかもしれまません。

    そんなときは、「涼子の願いが叶いますように。」と

    | - | 13:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    今年も、もう師走
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      今年も、もう師走です。

       

      仕事もプライベートも充実した1年でしたが、やり残したことがたくさんです。

      そして、考えされることもたくさんありました。

       

      10月の下旬、詐欺メールを開けてしまい、パソコンがウイルス感染してしまいました。

      いつも使っているカードの口座引落案内を装われていたので、習慣的なもので開けてしまいました。

      幸い「おかしい」とすぐ思いパソコンのサポートに連絡を入れたので被害は、パソコンのウイルスチェックとウイルス除去の作業のために、しばらく使えなくなったことで終わりましたが、仕事は、短い期間でも溜まりました。

       

      日々、やらなければならないことは消化するが大切なことが身に沁みました。

       

      このブログに書きたいことがたくさんあるのですが、書けないまま、今年も終わりました。

       

      今年も後2週間ほどなのでバタバタしています。

       

      どんなに忙しくても「私たちの苦しみの全てを災いの全てを貝塚市の民生委員で社会保険労務士だったI口のような性的異常の生き物とその存在を許している家族と擁護する人間達に追いやってください。」というこの祈りだけは、忘れていません。

       

      私の大切な人は、もちろん、私の友達やその家族に不幸な出来事があったとき、「私たちの苦しみの全てを災いの全てを貝塚市の民生委員で社会保険労務士だったI口のような性的異常の生き物とその存在を許している家族と擁護する人間達に追いやってください。」と祈ります。

       

      この世の苦しみに数、災いの数を変えることができないのなら、その苦しみや災いは、貝塚市の民生委員で社会保険労務士だったI口のような性的異常の生き物とその存在を許している家族と擁護する人間達が受けるべきと信じて祈っています。

       

      この祈りをするようになって、私の仕事もプライベートも充実してきています。

      神様が『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』をいつかきっと叶えてくださいます。

       

      今も、多くのセクハラの被害女性が苦しんでいます。

      その苦しみが取り除かれる日がきっと来ます。

       

      一緒に祈ってください。

      | - | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      あるあるトラブル
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        あっという間に9月が終わります。

        『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』が成就することを祈るだけの日々が流れていきます。

        書きたいことをまだ書くことはできません。

        月日の流れの早さに焦りを感じることがありますが、時を待つことも大切と言い聞かせています。

         

        ちょっとテーマを変えて「あるあるトラブル」を書きたいと思います。

         

        新聞の勧誘に苦慮した経験がある方は、多いと思います。

        私も今回体験しました。

         

        仕事場で取っていた新聞を先日解約をしました。

        その解約にまつわるトラブルを書きます。

         

        仕事場の向かいに方がY新聞の集金をされています。

        Y新聞の記者の方を知っています。

        ですから、Y新聞の勧誘が来た時は、簡単に1年契約したことを覚えています。

        Y新聞の契約期間中にM新聞の勧誘がきました。

        しつこかったのでヘキヘキしたのを覚えています。

        1万2千円の商品券を渡すと言われました。

        もちろん、「商品券をもらっても1年間取り続けることができるかどうかわからないのでいらない。」と言いましたが「とられへんようになったらその時はその時や。だから契約して欲しい。」としつこく言われました。

        忙しかったので早く帰って欲しく契約をしました。

        その1年契約は、満了し、Y新聞に戻しました。

        また、M新聞の別の勧誘が来ました。

         

        私は、「今後は、Y新聞を取り続けるので。」と言いましたが、そのM新聞の勧誘の人は、「Y新聞の人と話して取り決めたので1年交替でお願いしたい。」と言いました。

        勝手にそんなことを決めてと思いながらも、またまた、早く帰って欲しいので1万2千円の商品券をもらいました。

        もちろん、その時も中途解約ことは、口頭ですが念を押しました。

         

        平成29年3月から平成30年2月の1年契約です。

        その契約は、平成27年6月8日付けになっていました。

        今回、この契約の中途解約を申し入れたことでトラブルとなってしまいました。

         

        契約を解除したいのは、プライベートで仕事場に何日も来ない日が増えたのです。

        仕事の方は、自宅でも娘のところでもできるようにしているので支障がないのですが、郵便受け箱に新聞が詰め込まれることに非常に困ることになりました。

        テレビで「防犯上、留守のときに新聞を止めない。」という特集を何度か見たのと、急に仕事場に行けないということもあるので、新聞を中途解約するしかなくなったのです。

        仕事に支障がなければ無理に仕事場に行きませんので新聞が配達されることが苦痛になってきました。

        郵便物は、重要なものが連絡もなく郵送されてくることはないし、どちらかといえば、以前は自宅で仕事をしていたので、間違えていまだに自宅に届く方が多いくらいです。

        それでも絶対に郵便物が郵便受け箱に入らないということはありませんので新聞に占領されてしまうのは困ります。

         

        M新聞の販売店の対応には、非常に腹立ちましたが、そのことは、次回書きます。

         

        結論は、販売店は中途解約に応じなければならないということです。

        新聞公正取引協議会・日本新聞協会販売委員会

        http://www.nftc.jp/rules.html

        新聞購読契約に関するガイドライン

        【解約に応じるべき場合】

        以下に該当する場合は、読者の解約申し出に直ちに応じなければならない。また、新聞公正競争規約の上限を超える景品類の提供が行われていた場合、解約にあたって景品類の返還を請求してはならない。

        ルールに基づく解約申し出である場合

         ・クーリングオフ期間中、書面による解約申し出があったとき

        不適切な契約が行われていた場合

         ・威迫や不実告知など、不適切な勧誘を行ったとき

         ・新聞公正競争規約の上限を超える景品類の提供など、同規約に沿わない販売方法を行ったとき

         ・契約期間が自治体が定める条例等の基準を超過していたとき

         ・相手方の判断力が不足している状態で契約したとき(認知症の方など)

         ・相手方が本人や配偶者以外の名前で契約したとき

        その他考慮すべき事情がある場合

         ・購読者の死亡、購読が困難になる病気・入院・転居など、解約が合理的だと考えられるとき

         ・未成年者との契約であったとき

         

        私が落ち込んでいるのは、あるあるトラブルの当事者になってしまったことです。

        「新聞くらい。」という軽い気持ちで契約したことは否めません。

         

        小さな契約でも慎重に検討することの大切さが身にしみました。

         

        また、本当に必要のないものの中途解約は、諦めずに調べてみることも大切です。

        | - | 14:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        譲れないもの
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          8月も終わりです。

          まだ、書きたいことを書くことができません。

          その時期は、なかなか訪れません。

          焦りがないと言えば嘘になりますが、聖書の教えにもあるように『時を待ちます。』

           

          『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことの成就を願っています。

          成就するために私ができることをする。。。次世代にために。。。譲ることのできないことです。

           

          譲ることができないことは、争いを生みます。

          セクハラがあり続けてよいことはありませんし、セカンドハラスメントが起こり続けることもあってはなりません。

           

          毎日、「私たちの苦しみを全てを災いの全てを貝塚市の民生委員で社会保険労務士だったI口のような性的異常の生き物とその存在を許している家族と擁護する人間達に追いやってください。」と祈っています。

           

          セクハラをしなければよいのです。

          セクハラをするような性的異常の生き物の存在を許さなければよいのです。

           

          この争いは、避けることができないものです。

          聖戦なのでしょう。

           

          避けるべき戦いは、避けなければなりませんが、避けることができない戦いがあります。

           

          『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ための戦いは、大昔から続いています。

          そして、これかも続くのでしょう。

           

          そう考えると時の流れが緩やかに感じます。

          | - | 23:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          隠蔽の虚しさ
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            7月も、あっという間に終わります。
            明日から8月です。

            告発・通報ということを書きたいと思うのですが、進捗状況の関係で少し先に延ばします。
            『隠蔽の虚しさ』は、連日のテレビのニュースや新聞で誰もが実感しているかもしれません。
            一国のトップが見苦しい言い訳を連発している姿に失望したのは、私だけではないはずです。
            最初から、「いずれ明るみにでること。」と覚悟を決め割り切り、事実を公表する時期や公表の仕方を考慮し検討した方が良かったと思っているのも私だけではないはずです。
            隠蔽は、関わっている人たち全員が心の底から隠蔽をすることが最善策と信じ、それこそ「墓場まで持っていく。」という固い意志がなければ成功しないものではないでしょうか。
            いえ、私は、そうだと言い切ります。
            関係者に隠蔽に反対したり、ほんのわずかでも隠蔽に良心の呵責を感じれば、綻びが生じ、そこから、隠蔽をしたことの責めをも受ける事態になることを想定した対応が大切だと感じています。
            何が正しく何が間違っているかを知っているのは神様だけです。
            人間は、判断しなければならないときに、そのことを知ることはできません。
            だから、自分の言動に後悔しない生き方が大切なのではないでしょうか。
            後で後悔しないように一つ一つ丁寧に考えて決断することが大切ではないでしょうか。
            精一杯考えて決めたことは失敗しても後悔するより『次に』生かすことを考えるのではないでしょうか。
            隠蔽の虚しさを肝に銘じたいと思います。
            | - | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            隠蔽工作は、無駄な作業
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              あっと言う間に6月が終わりました。

               

              告発・通報ということを書きたいと思うのですが、進捗状況の関係で少し先に延ばします。

               

              この件で強く感じたことは、「隠蔽工作は、無駄な作業」ということです。

               

              隠蔽工作は、関係者全員が『隠蔽』ということを最善策と信じ、工作をやり遂げるという意思を持たなければならない作業です。

              この作業に疑問を持ったり、無責任な関わり方をしたり、関係者の一人が他の者に責任を押し付けようとしたりなどすれば、隠蔽工作は完遂しません。

               

              善行なら、苦難も支え合って、挫折しそうになっても支え合って、また、関係者全員での完遂が無理でも、関係者の誰かがやり遂げることができるでしょうし、周囲の応援も得られるでしょう。

               

              善行なら隠蔽工作をする必要がありませんから、隠蔽工作は悪行に対して行うものです。

               

              悪行は、関係者が支え合って行うものではありませんし、周囲の応援も得られません。

               

              つまり、隠蔽工作は、無駄な作業ということです。

               

              99パーセント成功する隠蔽工作でも1パーセントの不成功の可能性があるのなら、隠蔽工作そのものを行わず、悪行を如何に修正・修復するかに労力を注ぐ方が良いという結論になりました。

              物事に100パーセントはありませんから、隠蔽工作そのものが無駄な作業です。

               

              早く詳細を書きたいのですが。。。いま少し。。。

              | - | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              セクハラの被害を声にすることと似ている
              0

                セクハラの被害を声にするには、勇気が必要です。

                勇気を出してセクハラの被害を声にして。。。絶望を味わったセクハラの被害女性は多いです。

                いえ、セクハラの被害を声にしたセクハラの被害女性全員と言っても過言ではないかもしれません。

                 

                セクハラの被害を声にした後、数え切れないセカンドハラスメントの被害に遭ったことでしょう。

                 

                告発も勇気が必要です。

                告発をした後、絶望を味わった告発者も多いはずです。

                オリンパスの現役社員のパワハラ訴訟の原告から、告発ではなく通報、告発者ではなく通報者と教えてもらいました。

                表現する言葉を変えても勇気が必要であることには変わりはありません。

                告発でも通報でも、行動に移すには中途半端な事情・状況を知っている程度では出来ません。

                 

                告発・通報は、無関係な人がすることはできません。

                告発者・通報者は、関係者なのです。

                 

                関係者であるということは、告発・通報することにより自身の立場も危うくするかもしれない恐れを持ちながら、『悪いことを止めさせる。』ために勇気を出すのです。

                 

                でも、セカンドハラメントと似た状況が待っています。

                無関心で無責任な人間のせいで。。。

                 

                セクハラの被害を声にしても声にしなくても、職を失ったセクハラ被害女性が多くいます。

                セクハラの被害に遭っただけではなく、セカンドハラスメントの被害を遭い、職を失い、経済的に不安な状況を陥れられる理不尽な状況。。。なんとかしたいと『セクハラの被害女性の就労支援』を志しましたがスキル不足です。

                多くの壁に突き当たり打破できずにいます。

                どうすればいいのか。。。時間がだけが過ぎていきます。

                 

                そんなとき、告発とセクハラの被害を声にすることが似ているような状況であることに気がつきました。

                 

                セクハラの被害になんかには遭わないと多く人は思っているでしょう。

                でも、告発者・通報者の立場は、仕事をしている人全員が成りうる立場です。

                 

                サラリーマン・OLの方たち、上司が不正を行っていたらどうしますか?

                見過ごしますか?

                見過ごすことは、上司の上司は、あなたも同罪とみなしませんか?

                上司と一緒に不正を行いますか?

                 

                告発・通報は、他人事ではありません。

                 

                今回、告発・通報ということを深く考える機会を得たこと、神様の恵みだとしか思えません。

                 

                『セクハラの被害女性の就労支援』を今進めることはできませんが、セクハラの被害女性の心の傷を更に傷つけるセカンドハラスメントを一人でも多くの人に知ってもらうことができる機会かもしれません。

                 

                少しずつ書いていきますから、読んでください。

                興味を持ってもらえる出来事を知りましたから

                 

                | - | 12:30 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                全ては益となりぬ。。。
                0

                  全ては神様のご計画。。。必然。。。

                  嫌なこととか悪いこととは、愚かで未熟な人間が思うだけのこと。その中に神様は学ぶべきものお与えになっています。

                  本当に欲しいものは、簡単に手に入れることはできません。

                  簡単に手に入るものは、愚かで未熟な人間は大切にしないから。

                  本当に欲しいものを手に入れるには、長い時間がかかるだけではなく、多くの努力、挫折、絶望、嘆きなどの辛い体験を経なければなりません。

                  でも、神様は、人間が耐えることができるように供えもして下さっています。

                   

                  『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』

                  このことは、中々成就しません。

                  でも、セクハラの被害に遭ってしまい、セカンドハラスメントの被害に遭ってしまった辛い経験がなければ、『食えない社会保険労務士』の一人になっていたでしょう。

                   

                  女性としての尊厳を踏みにじられ、死を望むほどの辛さを味わったことにより、得たものは、神様からの賜物でした。

                  仕事を上手くいくことは、シングルマザーの生活には有難いことで娘の学費も不安を持つことがありませんでした。

                  娘が社会人となり、親の元を巣だ立たせることができた今は、私が子離れすることです。

                  母一人子一人で頑張ってきたのですから非常に難しい課題です。

                   

                  だから、神様は、『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』という重大な使命をお与えになったのです。

                  娘が元気で幸せに日々を送っていればいい。。。

                  私にはやらなければならないことがある。。。

                  幸せなことです。

                   

                  『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』という使命を果たす努力をしなければ、この幸せが壊れる。。。

                   

                  人ができることには限界があります。

                  精一杯頑張った後には、祈りしかありません。

                  祈りは、キリスト教だけではありません。

                  いつも時代も、世界中で『祈り』が行われてきました。

                   

                  毎日祈っています。

                  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

                  セクハラが皆無になりますように、セカンドハラスメントがなくなりますように。。。

                  私たちの苦しみに全てを災いの全てを性的異常のI口やその家族、I口のような性的異常の生き物の存在を許す人間たちの上に追いやってください。

                  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

                   

                  性的異常のI口のような生き物を根絶するには、『呪い』が必要だと思っています。

                  『祈り』と『呪い』の違いは何か。。。

                   

                  このブログを観てくださる人は、セクハラ被害やセカンドハラスメント問題を真剣に考えている人でしょう。

                  今までは、そんな人たちに読んでもらえれば満足でした。

                   

                  セクハラ被害やセカンドハラスメントに無関心な人たちにも読んで欲しくなりました。

                  じゃあ、どうすれば。。。

                   

                  半年前の出来事。。。それは、きっとセクハラ被害やセカンドハラスメントに無関心な人たちも興味を持ってくれることでしょう。

                  神様が与えてくださいました。

                   

                  少しずつ書いていきます。

                   

                   

                   

                  | - | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  告発は、自分の身を守ること
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                    『告発』。。。文字にすればたった2文字です。

                    でも、『告発』を行動に移すには大きな勇気と強い覚悟が必要です。

                     

                    娘が就職するとき私は娘に言ったことがあります。

                    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

                    人の意見、従ったときから自分の意見。

                    部下に不正なことをさせたり、不正を見逃すように指示する上司は、絶対に部下を守らない。むしろ、責任を部下に押し付ける。

                    だから、上司の不正を知った時は、告発して会社を辞めてこい。

                    不正なことに関わる時間は短い方がいい、そして、やり直すのも早い方がいい。

                    社会にでると知らなかったでは済まされないことがたくさんある。

                    一度きりの自分の人生、後悔がないように。

                    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

                     

                    社会保険労務士で民生委員であった性的異常のI口から女性としての辱めであるセクハラの被害に遭い、その被害を『声』にしたときから、社会保険労務士会の役員たちを始めとする人たちのセカンドハラスメントの被害に遭い、そして、セクハラの被害女性となってしまったことで『次のために』に頑張る人たちとの出会うことができ悟ることができました。

                     

                    性的異常のI口の存在を放置してる人たちは、己の言動を未来の子孫に話すことができるでしょうか。。。誇りを持って行ったことだったと言えるでしょうか。。。

                     

                    このブログで今まで表現の仕方は違いますが書いてきた内容です。

                    しかし、『告発は、自分の身を守ること。』とは書くことはできませんでした。

                    今、『告発は、自分の身を守ること。』としっかり書くことができます。

                     

                    『告発』したことで職を追われた人もいます。。。やりがいを感じていた仕事を奪われ閑職に追いやられた人もいます。。。会社を裏切ったとの謗りを受け同僚から白い目で見られた人もいます。。。

                     

                    でも、『告発』をしなければ、どうなっていたでしょうか。。。

                    不正や違法を行っている人と『同じアナの狢』になっていたのではないでしょうか。。。

                     

                    『告発は、自分の首を絞めることになるからしない。』は愚人の浅はかな考えで、不正や違法を行って私服を肥やしている人と同じ穴の狢ではないことを第三者に証明することが自分の身を守ること。

                    『告発』は、自分の身を守ることのひとつなのです。

                    『告発』しなければ第三者に証明することはできません。

                    当然、ある程度、自分自身の非も問われます。

                    確証も証拠もないのに『告発』はできません。

                    確証を得たり、証拠を得たりすることができるのは、不正や違法を行っている人と深い関わりがあるからです。

                    知らないうちに関与していたということも有り得ます。

                     

                    不正や違法を行っている人との関わりを断つことは、自分の身を守ることです。

                    『告発』は、その手段のひとつです。

                     

                    『告発』することによって、第三者に「自分は、もう、不正や違法に関わりたくない。」という意思表示を強くすることができます。

                    そして、少なくとも『告発』した時点以降は、不正や違法に関わっていないということを証明できます。

                     

                    『告発』は、自分の身を守る手段のひとつです。

                     

                     

                     

                    | - | 09:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                    言葉の使い方
                    0

                      3月も終わりです。

                      あっという間に月日が流れます。

                       

                      ブログに絶対書きたいことは、まだ、少し先にします。

                       

                      テレビのニュースや新聞で騒がしていることで漫才に感じるものがあります。

                      多くの人が「?」に感じていることと思います。

                       

                      どんなに取り繕っても冷静に考えると疑問と不信の塊です。

                      言葉を発すれば発するほど疑問と不信が大きくなっています。

                       

                      言葉の使い方は、大切です。

                      言葉は、『諸刃の剣』です。

                       

                      正しい使い方をすれば良好な人間関係が築けます。

                      でも、使い方を誤れば取り返しのつかない事態にしてしまいます。

                       

                      先日、私が体験したことを書きます。

                      2年ほど前からネイルをしています。

                      腕の悪いネイリストでは、爪を痛めボロボロになることは聞いていましたが、2年ほどネイルをしました。

                      3〜4週間のペースで同じネイルサロンに行っていました。

                      娘のネイルと比べると仕上げが不細工なのですが、他より安いこととヨーロッパ調の住宅街にあることで平日の昼間に行くとプチ贅沢な気分になれるので行っていました。

                      今年に入り値上げとなりました。

                      でも、ネイリストの腕は上がっていません。

                      まあ、ヨーロッパ調の住宅街に平日の昼間にネイルはプチ贅沢な気分になれるので1月も2月も行きました。

                      3月に行ったときネイリストの様子がおかしいのです。

                      「うつ」になったのかもしれません。

                      今までのネイルに行ってから1週間もしないうちに剥がれたりしていました。

                      1週間以内の修復は無料なのですが時間がないので値上がり前は行きませんでした。

                      値上がり後の1月と2月は、さすがに修復に行きました。

                      安ければ多少腕が悪くても「まあ、いいか。」になりますが、値上がり後は、値段の上昇と共に質の上昇も求められます。

                      そのネイルサロンに3月に行ったとき、入ったとたん悪い予感はしました。

                      ネイリストの雰囲気が前と違っているのです。

                      やたら、ハンドクリームやネイルオイルを勧めてきます。

                      そして、その度に手が止まります。

                      古いネイルを剥がして新しいネイルにするのですが、古いネイルを剥がす作業が中々終わりません。

                      いつもは大体90分くらいなのですが、95分経って、やっと、古いネイルを剥がし終わったところです。

                      そして、ネイルリストから信じられない言葉が発せられました。

                      「時間がないので、グラデーションにします。」と注文していない簡単なデザインのネイルをしようとするのです。

                      私は、もちろん、「最初にお願いしたのにして下さい。」というとネイリストは「次の人が来るので、今日は、無理です。」というプロにあるまじき発言です。

                      私は、「もう二度と来たくない。」と「プロなら時間配分ができて当たり前でしょう。私は、最初にこのデザインでと注文したでしょう。しかも、たった5分前に、あなたは、このデザインでと確認したでしょう。次の人の時間に気がついて、急に、慌てだしたでしょう。」と言いました。

                      ネイリストが言い訳を言い始めました。

                      「爪の状態が良くないので、グラデーションの方がいいので。」などなど。

                      「思った以上に爪の状態が悪いので。」とか一生懸命時間がないからデザインを変更した訳ではないと説明するのですが、言えば言うほど、プロのネイリストではなくなっていきました。

                       

                      医師などの医療関係の資格がなければ、本来、爪を切ったり削ったりできません。

                      法改正があり、異常のない爪であれば介護職の人が爪を切ったり削ったりできるようになりました。

                       

                      つまり、「爪の状態が良くない。」「爪の状態が悪い。」とネイリストが説明すれば説明するほど、そのネイリストは、ネイリストとしてしてはいけないことをしていることになっているのです。

                       

                      ネイルサロンで、ニッパーで爪を切り、ヤスリで爪を削ることは、至極当然に行われています。

                      もちろん、そのネイリストも爪の状態の良くない私の爪をニッパーで切りヤスリで削っていました。

                       

                      言葉の使い方を誤れば、事態を悪くするばかりです。

                      正しい言葉の使い方の勉強は、日々行う必要があることを改めて感じました。

                       

                      そして、心の健康が大切なことも。。。

                       

                       

                       

                       

                       

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