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涼子の部屋〜セカンドハラスメント〜

セカンドハラスメント〜罪の意識なき重き罪〜
ホームページhttp://secondhara.ayumu-office.com/ にセクハラ被害と被害を『声』にしたことによるセカンドハラスメント(セクハラの2次被害)のことを書いてきました。

セクハラもパワハラは、被害者の問題ではありません。加害者の問題です。
そして、セカンドハラスメントの概念は、被害者・労働者側の概念ではなく、事業主・社会保険労務士がリスクマネジメントとして持つべき概念であることに気がつきました。

被害者にとっての真の解決は、自分と同じ被害に遭う人が皆無になることです。
終わりはないのです。。。
加害者側が無理に終わりにしようとするから歪が生じるのです。

実務的には事業主側の社会保険労務士として、被害女性として、セカンドハラスメントの概念≒リスクマネジメントを書いていきます。

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保身の本当の意味を考えませんか
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    年度替りの4月は、あっという間に過ぎました。
    1ヶ月前は「寒い。」と感じていましたが、日中は「暑い。」と感じる日が増えてきました。

    『8050問題』をご存知でしょうか。
    一言で言うと、「80代の親が50代の子を養う。」という問題です。
    子が現在の医学では、どうすることもできない障害を持っているため親が養わなければならないということもありますが、子が仕事をしないで親の年金を使っているという例もあります。

    前者は、社会全体の問題であり、国だけではなく私たち一人一人が関心を持ち、関わらなければならない問題です。
    先進国として社会保障制度を充実させ、年老いた親が安心して寿命を終えることができるように、残された子のサポート体制を整えられることを願っています。

    後者は、どうでしょうか。。。健康な肉体を持ちながら仕事をしないで親の年金を使う人のことを、私は理解できませんし、理解しよとも思いません。
    親の年金は、親が生きるためのものです。
    子が使うものではありません。
    どんなに親に不満を持っていても、思春期の幼い子なら致し方ありませんが、50歳という人として成熟した年齢になって仕事をしないで親の年金を搾取することは人として最低の行為です。

    嫌がる女性の身体に己の性的欲求を満たすために触るという性的異常の生き物に近い行為です。
    (人によっては、それ以上の行為と言うことでしょう。)

    私は、ニートの息子が父親の年金を搾取し家から追い出すという高齢者虐待の事例に関わってしまいました。
    関わってしまったのは、私の甘い考えと判断ミスです。
    幸い、この事例から離れることができましたが、出口のない迷宮である問題です。
    父親が施設に入れば、年金は施設の費用と医療費に消えてしまい、ニートの息子の生活費がなくなるから、ニートの息子に生活保護を受けさせれば終わるという問題ではありません。
    高齢者社会になり社会福祉等に必要な費用は増えていきますが、労働人口が減り税収とうは減少していく傾向にありますから、健康な肉体を持ちながら働かない人間に生活保護を与えることを厳格してもらわなければ真面目に一生懸命働く人たちが報われないと思うのは私だけではないはずです。
    ニートの息子は「(働けないのは)親父のせい。親父のせいでこうなった(働けない人間になった)。だから、親父の年金を使う権利が俺にはある。」と主張していますから、尚更、本当に生活に困窮している人たちのセーフティネットである生活保護を利用されるのは非常に嫌です。
    だから、安易に関わってはならない問題でした。
    亡くなった母親とは交流があったのですが、父親ともニートの息子とも挨拶をした程度で、母親が生きていて頼まれたのならともかく、父親とニートの息子の友人(?)に頼まれ、断れなかった私が悪かったですが。。。
    『8050問題』を理解した上でなければ関わってはならないことでした。

    もちろん、無関心であってはなりませんが、安易に関わることは自重しなければと思いました。
    関係者でありながら無関心であることは『保身』とは真逆の結果になりますが、問題の本質を理解しないで関わることも『保身』と真逆の結果になることを体験しました。

    周囲の人たちに恵まれていたので、離れることができましたが、一つ間違えば深みに嵌るところでした。

    iPhoneの聖書アプリの御言葉です。
    聖書
    コリント人への第一の手紙6章12節
    キリスト様が禁じておられること以外、私には、何でもする自由があります。しかし、その中には、自分のためにならないこともあります。たとい、してよいことであっても、それに捕らえられたら最後、やめようとしても簡単にやめられないことには、手を出しません。
    (聖書の訳は、何種類かあります。違う表現の聖書もあります。)

    『保身』は、無関心であってもいけませんし、興味本位(語弊がありますが。。。)であってもいけません。
    どのような問題にも関心を持ち、考察することが大切なのではないでしょうか。
     
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