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涼子の部屋〜セカンドハラスメント〜

セカンドハラスメント〜罪の意識なき重き罪〜
ホームページhttp://secondhara.ayumu-office.com/ にセクハラ被害と被害を『声』にしたことによるセカンドハラスメント(セクハラの2次被害)のことを書いてきました。

セクハラもパワハラは、被害者の問題ではありません。加害者の問題です。
そして、セカンドハラスメントの概念は、被害者・労働者側の概念ではなく、事業主・社会保険労務士がリスクマネジメントとして持つべき概念であることに気がつきました。

被害者にとっての真の解決は、自分と同じ被害に遭う人が皆無になることです。
終わりはないのです。。。
加害者側が無理に終わりにしようとするから歪が生じるのです。

実務的には事業主側の社会保険労務士として、被害女性として、セカンドハラスメントの概念≒リスクマネジメントを書いていきます。

告発は、自分の身を守ること
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    『告発』。。。文字にすればたった2文字です。

    でも、『告発』を行動に移すには大きな勇気と強い覚悟が必要です。

     

    娘が就職するとき私は娘に言ったことがあります。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    人の意見、従ったときから自分の意見。

    部下に不正なことをさせたり、不正を見逃すように指示する上司は、絶対に部下を守らない。むしろ、責任を部下に押し付ける。

    だから、上司の不正を知った時は、告発して会社を辞めてこい。

    不正なことに関わる時間は短い方がいい、そして、やり直すのも早い方がいい。

    社会にでると知らなかったでは済まされないことがたくさんある。

    一度きりの自分の人生、後悔がないように。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

     

    社会保険労務士で民生委員であった性的異常のI口から女性としての辱めであるセクハラの被害に遭い、その被害を『声』にしたときから、社会保険労務士会の役員たちを始めとする人たちのセカンドハラスメントの被害に遭い、そして、セクハラの被害女性となってしまったことで『次のために』に頑張る人たちとの出会うことができ悟ることができました。

     

    性的異常のI口の存在を放置してる人たちは、己の言動を未来の子孫に話すことができるでしょうか。。。誇りを持って行ったことだったと言えるでしょうか。。。

     

    このブログで今まで表現の仕方は違いますが書いてきた内容です。

    しかし、『告発は、自分の身を守ること。』とは書くことはできませんでした。

    今、『告発は、自分の身を守ること。』としっかり書くことができます。

     

    『告発』したことで職を追われた人もいます。。。やりがいを感じていた仕事を奪われ閑職に追いやられた人もいます。。。会社を裏切ったとの謗りを受け同僚から白い目で見られた人もいます。。。

     

    でも、『告発』をしなければ、どうなっていたでしょうか。。。

    不正や違法を行っている人と『同じアナの狢』になっていたのではないでしょうか。。。

     

    『告発は、自分の首を絞めることになるからしない。』は愚人の浅はかな考えで、不正や違法を行って私服を肥やしている人と同じ穴の狢ではないことを第三者に証明することが自分の身を守ること。

    『告発』は、自分の身を守ることのひとつなのです。

    『告発』しなければ第三者に証明することはできません。

    当然、ある程度、自分自身の非も問われます。

    確証も証拠もないのに『告発』はできません。

    確証を得たり、証拠を得たりすることができるのは、不正や違法を行っている人と深い関わりがあるからです。

    知らないうちに関与していたということも有り得ます。

     

    不正や違法を行っている人との関わりを断つことは、自分の身を守ることです。

    『告発』は、その手段のひとつです。

     

    『告発』することによって、第三者に「自分は、もう、不正や違法に関わりたくない。」という意思表示を強くすることができます。

    そして、少なくとも『告発』した時点以降は、不正や違法に関わっていないということを証明できます。

     

    『告発』は、自分の身を守る手段のひとつです。

     

     

     

    | - | 09:55 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    言葉の使い方
    0

      3月も終わりです。

      あっという間に月日が流れます。

       

      ブログに絶対書きたいことは、まだ、少し先にします。

       

      テレビのニュースや新聞で騒がしていることで漫才に感じるものがあります。

      多くの人が「?」に感じていることと思います。

       

      どんなに取り繕っても冷静に考えると疑問と不信の塊です。

      言葉を発すれば発するほど疑問と不信が大きくなっています。

       

      言葉の使い方は、大切です。

      言葉は、『諸刃の剣』です。

       

      正しい使い方をすれば良好な人間関係が築けます。

      でも、使い方を誤れば取り返しのつかない事態にしてしまいます。

       

      先日、私が体験したことを書きます。

      2年ほど前からネイルをしています。

      腕の悪いネイリストでは、爪を痛めボロボロになることは聞いていましたが、2年ほどネイルをしました。

      3〜4週間のペースで同じネイルサロンに行っていました。

      娘のネイルと比べると仕上げが不細工なのですが、他より安いこととヨーロッパ調の住宅街にあることで平日の昼間に行くとプチ贅沢な気分になれるので行っていました。

      今年に入り値上げとなりました。

      でも、ネイリストの腕は上がっていません。

      まあ、ヨーロッパ調の住宅街に平日の昼間にネイルはプチ贅沢な気分になれるので1月も2月も行きました。

      3月に行ったときネイリストの様子がおかしいのです。

      「うつ」になったのかもしれません。

      今までのネイルに行ってから1週間もしないうちに剥がれたりしていました。

      1週間以内の修復は無料なのですが時間がないので値上がり前は行きませんでした。

      値上がり後の1月と2月は、さすがに修復に行きました。

      安ければ多少腕が悪くても「まあ、いいか。」になりますが、値上がり後は、値段の上昇と共に質の上昇も求められます。

      そのネイルサロンに3月に行ったとき、入ったとたん悪い予感はしました。

      ネイリストの雰囲気が前と違っているのです。

      やたら、ハンドクリームやネイルオイルを勧めてきます。

      そして、その度に手が止まります。

      古いネイルを剥がして新しいネイルにするのですが、古いネイルを剥がす作業が中々終わりません。

      いつもは大体90分くらいなのですが、95分経って、やっと、古いネイルを剥がし終わったところです。

      そして、ネイルリストから信じられない言葉が発せられました。

      「時間がないので、グラデーションにします。」と注文していない簡単なデザインのネイルをしようとするのです。

      私は、もちろん、「最初にお願いしたのにして下さい。」というとネイリストは「次の人が来るので、今日は、無理です。」というプロにあるまじき発言です。

      私は、「もう二度と来たくない。」と「プロなら時間配分ができて当たり前でしょう。私は、最初にこのデザインでと注文したでしょう。しかも、たった5分前に、あなたは、このデザインでと確認したでしょう。次の人の時間に気がついて、急に、慌てだしたでしょう。」と言いました。

      ネイリストが言い訳を言い始めました。

      「爪の状態が良くないので、グラデーションの方がいいので。」などなど。

      「思った以上に爪の状態が悪いので。」とか一生懸命時間がないからデザインを変更した訳ではないと説明するのですが、言えば言うほど、プロのネイリストではなくなっていきました。

       

      医師などの医療関係の資格がなければ、本来、爪を切ったり削ったりできません。

      法改正があり、異常のない爪であれば介護職の人が爪を切ったり削ったりできるようになりました。

       

      つまり、「爪の状態が良くない。」「爪の状態が悪い。」とネイリストが説明すれば説明するほど、そのネイリストは、ネイリストとしてしてはいけないことをしていることになっているのです。

       

      ネイルサロンで、ニッパーで爪を切り、ヤスリで爪を削ることは、至極当然に行われています。

      もちろん、そのネイリストも爪の状態の良くない私の爪をニッパーで切りヤスリで削っていました。

       

      言葉の使い方を誤れば、事態を悪くするばかりです。

      正しい言葉の使い方の勉強は、日々行う必要があることを改めて感じました。

       

      そして、心の健康が大切なことも。。。

       

       

       

       

       

      | - | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      祈って祈って。。。
      0

        あっという間に2月も後半です。

        ブログに書く回数減りました。

        書くことがなくなったのではありません。

        書きたいことが決まったから。。。

         

        性犯罪に関しての法改正がなされようとしていますが、まだまだです。

        厳罰化と言われていますが、被害女性の心の傷の大きさを考えると軽微すぎるものです。

        いえ、法では、どうすることのできない問題なのかもしれません。

         

        セクハラの被害女性の『声』をマスコミが取り上げ続けることは皆無と言って過言ではないでしょう。

        他の事件に消されてしまっています。

         

        セクハラの被害女性の『声』が連日連夜、テレビのニュースで流れ続けることはありません。。。

         

        時々、セクハラの被害がテレビのニュースや新聞で取り上げられても、翌日にはなかったことのようになってしまう。。。

         

        祈って祈って。。。祈り続けるしかありません。。。

         

        社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口のような下卑た卑劣な生き物が存在できないように。。。

         

         

        | - | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        祈り。。。
        0

          今年初のブログです。

           

          いろいろとバタバタしていました。

          まだ、しばらくバタバタします。

           

          でも、この祈りだけは常に。。。

           

          。。。社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口という性的異常の生き物とその存在を許しているその家族や擁護する人間たちの上に私たちの災いの全てを追いやってください。。。

           

          この世に災いがあるのなら。。。その災いはI口と言う性的異常の生き物の上に追いやって欲しい。。。

           

          『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ということが成就するには、まだまだ時間がかかります。

          簡単には実現しません。

           

          こうしている間にも、セクハラの被害に遭い傷ついて苦しんでいるセクハラの被害女性たちがいます。。。新たなセクハラの被害女性もでてしまっています。。。

           

          だから、祈り。。。を。。。

           

          呪いと言われてもいい。。。怨念と言われてもいい。。。

           

          私たちの努力だけでは、どうにもならないのなら。。。

           

          I口という性的異常の生き物とその存在を許しているその家族や擁護する人間たちの上に災いの全てを追いやったください。。。と祈る。。。

           

          それが次のセクハラの加害男性が出現することの抑制になるのではと。。。

           

          この祈りをするようになってから、私は「幸せです。」と言う状況です。

          他人の目には、私は「幸せ」にしか映らないでしょう。

           

          祈り。。。大切なことなのかもしれません。

           

          セクハラの被害に遭い苦しんでいる方。。。一緒に祈ってください。

          | - | 18:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          新しい年に向けて
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            今年も明日1日で終わりです。

            あっという間に過ぎた2016年でした。

             

            『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことのための活動は、あまりできませんでしたが、様々なことを経験し色々なことを学ぶことができました。

             

            『怒りを理論に変える』ことは、大切で難しいこと。

            でも、自分自身のために感情に流されては駄目だということ。

            生き残るためには、必要なことです。

             

            『怒りを理論に変える』ということをセクハラの被害女性になったことで私は学ぶことができました。

             

            2016年は、『理で行動する』人と『感情で行動する』人の差を見た年でした。

             

            『理で行動する』人は、一時怒りの感情に支配されても、周囲の人のアドバイスに耳を傾けることができ、少しずつ気持ちを整理し、熟慮することができるので最悪の事態を避けることができていました。

             

            『感情で行動する』人は、怒りの感情に支配されたまま、後手後手に回り、この先に待つものは破滅ではないかと思える状況になっていっています。

             

            人は、感情の生き物です。

            『情』があります。

            『優しさ』があります。

             

            『情』や『優しさ』を大切にするためにも、『怒りを理論に変える』ことが大切ではないでしょうか。

             

            大切な人たちを守るためにも。。。

             

            『怒りを理論に変える』ことは、難しいですが身につけていきたいです。

             

            よいお年を。。。

            | - | 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            過ちに気がついたときの選択肢
            0

              12月になりました。

              今年も、後、わずかです。

               

              過ちに気がついたときの選択肢は。。。

               

              『過ちを認め、改める』が一番いい答えなのでしょうが。。。とても難しいことです。

               

              過ちを認めることができても現実問題として『改める』ことができないという苦しい立場というのが大半ではないでしょうか。

               

              今は、まだ、書くことができませんが違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちを間近に見ているときなので『過ちに気がついたとき』にどうするかということを考えさせられています。

               

              もちろん、違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちとは距離を置くようになっていますが、気になっています。

               

              過ちに気がついたとき、完全に改善することはできずとも少しずつでも改善していく、改善するために模索するが私の周りの人たちの行動だったので、違法・不法の行為を改めようとせず進み続けている人たちの行動は、摩訶不思議です。

               

              違法・不法の行為を改めないことの先には破滅が待っています。

              なのに、違法・不法の行為を改めようとすることさえしない。。。本当に不思議です。

               

              過ちに気がついたときの選択肢。。。どれが正解なのか。。。わかりません。

               

              ただ、不正解は分かっています。

              違法・不法の行為を改めようとせず続けることです。

               

              『人の振り見て我が振り直せ』です。

               

              過ちに気がついたときの『改める』『改める努力をする』が正解の選択肢ではないでしょうか。

               

               

               

              | - | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              間違いに気がついたとき。。。
              0

                聖書の教えに『悔い改め』があります。

                 

                過ちがだめなのではなく、過ちに気がつかないこと、過ちに気がつきながら改めないことがだめなのです。

                 

                私も隠したいことあります。

                私も嘘をつくことがあります。

                ただ、その隠し事や嘘がばれないと思ったことはありません。

                いつかばれるかもしれないと思っています。

                ばれないように工作するより、ばれたときに、どう対応するかが大切だと思っています。

                どう対応するか。。。そのときは、ただ誠心誠意に。。。そのことを受け入れ悔い改めるしかないと思っています。

                 

                隠し事や嘘は、「ばれないように神様に祈るだけ」という状況です。

                 

                先日、通っている教会の人たちと電車で2時間近くかかる別の教会に行くことがありました。

                私を含めて4人で電車を乗り換え、4人とも降りるのは初めてという駅に到着しました。

                 

                案内図は持っています。

                でも、4人とも地図の見るのは苦手です。

                改札口をでて、コンビニでコーヒーを買いまいした。

                そこで方向感覚が分からなくなったのでしょう。

                4人ともどちらへ歩いていけばいいのか分からなくなりました。

                私は、スマホの道案内のアプリを使うことにしました。

                スマホの道案内のアプリが示す道とは、線路を挟んで並行に歩いていました。

                4人は口々に「このまま真っ直ぐ行って、線路の向こうに渡れるところで渡ろう。」と言いました。

                歩きました。。。歩いても線路の向こうに渡れるとろこはありません。

                スマホの道案内のアプリで線路の向こうに渡ると目的地です。

                でも、線路の向こうに渡ることができません。

                大の大人4人がフェンスを越えて線路を横切るなんてできません。

                結局、駅まで戻りました。

                駅の階段を使い線路の向こうに渡りました。

                改札口を出たところで反対方向の階段を下りしまっていたのです。

                スマホの道案内のアプリを見ると示された道の上にいます。

                音声案内が始まりました。

                あっという間に目的地に到着しました。

                4人で大笑いしました。

                4人とも中々線路の向こうに渡れないことを経験したことがありませんでした。

                今までは、間違えに気がついたとき、すぐに線路の向こうに行くことができたのです。

                 

                過ちに気がついたとき、間違いに気がついたとき、その場から、即正しいところに行くことができることばかりではありません。

                簡単に修正することができる過ちばかりではありません。

                間違いを簡単に直せることばかりではありません。

                 

                4人の失敗は、間違いに気がついたとき、すぐに駅に引き返さずに、間違っているけど、そのうち線路の向こうに渡ることができると、間違ったまま進んでいたことです。

                体力も時間も無駄にしました。

                 

                間違ったまま進むことは、時間と労力の無駄です。

                間違いに気がついたときは、少しでも早く、正しい方に修正すべきなのです。

                 

                違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちを間近に見ていたときなので、なにか不思議なものを感じました。

                 

                間違いに気がついたとき。。。少しでも早く修正すること

                これも『本当の保身』です。

                | - | 10:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                逃げるが。。。
                0

                  暑い日が終わり、やっと秋になったと思ったら、10月とは思えない暑い日に戻りました。

                   

                  テレビドラマの『逃げるは恥だが役に立つ』のタイトルが目に留まりました。

                   

                  ことわざにも『逃げるが勝ち』というのがあります。

                  意味は、「無駄な戦いや愚かな争いなら、避けてん逃げるほうが、結局は勝利や利益を得られる。」ということです。

                   

                  社会保険労務士として開業をすることを友人の公認会計士に報告した際、『悪い顧客を切る勇気を。』という餞の言葉をもらいました。

                   

                  開業して12年が経ちました。

                  あの時の友人の公認会計士の言葉が胸に深く染み入っています。

                  12年という月日の中で『悪い顧客を切る勇気を。』に救われたことが何度もあります。

                   

                  『逃げる』にも『悪い顧客を切る勇気を。』が必要になりますし、ただ、無責任に『逃げる』と事態を悪くすることになります。

                   

                  『逃げる』ということにも知恵と思慮が必要です。

                   

                  『殿(しんがり)』という言葉を耳にしたことはありますか。

                  『殿(しんがり』の意味は、「退却する軍隊の最後尾にあって、追撃する敵を防ぐ役。列や順番などの一番あと。最後尾」です。

                  戦況が不利になったときに退却を成功させるためのものが殿(しんがり)の軍隊です。

                  退却は進むより難しいものです。

                   

                  私たちは、戦国時代のような人と人が命を奪い合う時代に生きてはいません。

                  でも、仕事などでは、時には、撤退、退却、廃止などの進むことを止めるということが大切なときに直面することでしょう。

                   

                  『逃げるが勝ち。』と『逃げるは恥だが役に立つ。』を思い浮かべ、『引き際を見極める。』ことが大切です。

                   

                  このことに気がつかずに、また、受け入れることができず突き進む人がいます。

                   

                  目先にことに捉われず先を見ることが大切ではないでしょうか。

                   

                   

                  | - | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  嘘は、いつかばれるもの
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                    早いもので、9月も今日で最後です。

                    明日からは、10月です。

                     

                    昨日、ある市の市議の不正が新聞とテレビで報道されました。

                    不正金額は、66万円。。。不謹慎ですが、「小さい。」と口にしてしまいました。

                     

                    その市は、保育園と幼稚園の統廃合を巡って、市長と若いお父さん・お母さんとの対立がテレビや新聞でも取り上げられています。

                    市長は、若いお父さん・お母さんが希望する話し合いを拒絶しまています。

                     

                    よくある対立の構造です。

                     

                    社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口の性的異常の生き物から、女性としての尊厳を傷つけられた私は、社会保険労務士会の役員たちに問題提起をしました。

                    形ばかりの話し合いの場は、もたれましたが、結論は、私の問題提起に対して明確な回答がないまま、性的異常のI口の放置と対応を誤った社会保険労務士会の役員たちに対しての処分がないどころか謝罪もありませんでした。

                     

                    そして、「終わったことです。」としか対応しない社会保険労務士会に対して、私は、愛着がなくなるだけでなく、「セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントなくす。」ということが成就するためには、社会保険労務士会という組織がなくなるくらいの大きな力が働かなければならないと感じるようになりました。

                     

                    「終わったこと。」とですと社会保険労務士会に言わせないために平成24年の社会保険労務士会の支部総会では、興味のない『会費の滞納の会員への退会勧奨』を利用して、とりあえず、総会の場で波紋を投げるということをしました。

                    『O都道府県社会保険労務士会の総会』

                    http://ryoko.ayumu-office.com/?eid=54

                     

                    あっ、それと、ある都道府県社会保険労務士会の副会長が、副会長という立場で入手した資料等を個人のブログに掲載していたことも、全国社会保険労務士会に問題提起しました。

                    それ以後、その副会長のブログは、閉鎖されたようです。

                     

                    対立の構造がなければ、『嘘』がばれる確率は低いでしょう。

                    気まずい思いをすることを避けるため、『嘘』に触れないようにするのが人の性です。

                     

                    でも、対立の構造があるときは、どうでしょうか。。。

                    話し合いを拒絶された側の思いは、どこに流れるのでしょうか。。。

                    諦める。。。確率は低いのではないでしょうか。。。

                    『とっかかり』を求めるのではないでしょうか。。。

                     

                    『とっかかり』は、本当に何でもいいのです。

                     

                    『嘘』を暴くことが目的ではなく、『嘘』をとっかかりにして、問題提起したことを追及できる形にすることが目的となった場合、無関係と思われる場所にも影響があるのではないでしょうか。

                     

                    私も『嘘』をつくことがあります。

                    知られたくないこともあります。

                    でも、それが、絶対に暴かれないと思ったことはありません。

                    いつか、明るみにでることがあるかもしれない。。。と思いながら、その場は、『嘘も方便』を選ぶことがあります。

                     

                    『嘘』は、いつかばれます。。。そう思うことが保身に繋がるのではないでしょうか。。。

                     

                     

                     

                     

                    | - | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    求めるものは、世間の処分
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                      性的異常の生き物が、被害女性に与える精神的苦痛は、想像を絶するものです。

                      この部分に対しての社会の認識が低いため、セクハラの被害女性は、セカンドハラスメントの被害を受けます。

                      そして、セカンドハラスメントの被害が与える精神的苦痛も想像を絶するものです。

                       

                      性的異常の生き物に厳罰を求めれば、非難され。。。

                      性的異常の生き物に温情をかけ示談すれば、それはそれで、示談金に憶測が行き、「所詮、金か。」などの中傷で非され。。。

                      『被害女性』になった時点で、『生き地獄』です。。。

                       

                      私が一番『生き地獄』と感じているのは、セクハラの被害そのものでも、セカンドハラスメントの被害でもありません。

                      セクハラの被害を『声』にして、仕事を失わなかった被害女性を私は、他に知りません。

                      多くの被害女性は、仕事を失ったり、被害を『声』にしたことへの罰かのような処遇になったりしています。

                      日本国憲法にも勤労は義務とされています。

                      人は、働かなければ生活して行くことができません。

                      学生として勉強中心の生活より、生活していくための仕事をしている期間の方が何倍も長いのです。

                      その長い期間、やりがいのある仕事をしたいと思うのが普通です。

                      それを奪われることは、それが叶わないことは、地獄です。

                       

                      私は、セクハラの被害を『声』にして、セカンドハラスメントの被害を『声』にしても、幸い仕事を失いませんでした。

                      社会保険労務士会の役員たちや社会保険労務士会に依存しているような社会保険労務士たちとの交流はなくなりましたが、それ以上に仕事にはもちろん人生において必要な人たちとの交流を得ました。

                       

                      「幸せでない。」と言ったり思ったりすれば、バチが当たるような幸せな日々を送っています。

                      一日一日があっという間に過ぎていきます。

                      楽しい一日を送れば、夜は、布団に入るとすぐに眠ってしまいます。

                      朝も、起きることが嫌ではありません。

                       

                      仕事仲間との打ち合わせの後。。。

                      友だちと会ったり電話した後。。。

                      娘とショッピングしたりした後。。。

                      いろいろなことの後。。。ふと、セクハラの被害に遭い職を失ってしまった被害女性たちのことを思ってしまいます。

                      そして、この瞬間にも、新たなセクハラの被害女性が出てしまっていることを考えてしまいます。

                       

                      そして、『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことに無力な自分を思い知らされます。

                      辛いです。。。

                       

                      社会保険労務士で貝塚市の民生委員だったI口から、嫌がり拒否の意思表示をし、逃げているのを追いかけてこられ、背後に回られ、臀部を下から上触られるというセクハラの被害に遭った時から、『全てが幸せ』という日々がなくなったのです。

                       

                      性的犯罪の罰は軽すぎます。

                      死刑が執行すれば罰が終わり、刑期が終えれば罰が終わる刑事罰より、金銭を払えば終わる民事罰より、永遠に終わることのない『世間の処分』しか、『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことは成就しません。

                       

                      それを声高くしたところで、無関心な人が多い。。。

                       

                      だから、『呪い』『怨念』しかありません。。。

                       

                      性的異常の生き物に関わることが災いとなるように。。。

                       

                      毎日祈っています。

                      「この世の全ての災いが性的異常の生き物のI口とその家族と、性的異常の生き物を擁護する人間たちの上に追いやってください。」

                       

                      この祈りを始めてから、本当に私の周りは『万事が益』です。

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