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涼子の部屋〜セカンドハラスメント〜

セカンドハラスメント〜罪の意識なき重き罪〜
ホームページhttp://secondhara.ayumu-office.com/ にセクハラ被害と被害を『声』にしたことによるセカンドハラスメント(セクハラの2次被害)のことを書いてきました。

セクハラもパワハラは、被害者の問題ではありません。加害者の問題です。
そして、セカンドハラスメントの概念は、被害者・労働者側の概念ではなく、事業主・社会保険労務士がリスクマネジメントとして持つべき概念であることに気がつきました。

被害者にとっての真の解決は、自分と同じ被害に遭う人が皆無になることです。
終わりはないのです。。。
加害者側が無理に終わりにしようとするから歪が生じるのです。

実務的には事業主側の社会保険労務士として、被害女性として、セカンドハラスメントの概念≒リスクマネジメントを書いていきます。

祈って祈って。。。
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    あっという間に2月も後半です。

    ブログに書く回数減りました。

    書くことがなくなったのではありません。

    書きたいことが決まったから。。。

     

    性犯罪に関しての法改正がなされようとしていますが、まだまだです。

    厳罰化と言われていますが、被害女性の心の傷の大きさを考えると軽微すぎるものです。

    いえ、法では、どうすることのできない問題なのかもしれません。

     

    セクハラの被害女性の『声』をマスコミが取り上げ続けることは皆無と言って過言ではないでしょう。

    他の事件に消されてしまっています。

     

    セクハラの被害女性の『声』が連日連夜、テレビのニュースで流れ続けることはありません。。。

     

    時々、セクハラの被害がテレビのニュースや新聞で取り上げられても、翌日にはなかったことのようになってしまう。。。

     

    祈って祈って。。。祈り続けるしかありません。。。

     

    社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口のような下卑た卑劣な生き物が存在できないように。。。

     

     

    | - | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    祈り。。。
    0

      今年初のブログです。

       

      いろいろとバタバタしていました。

      まだ、しばらくバタバタします。

       

      でも、この祈りだけは常に。。。

       

      。。。社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口という性的異常の生き物とその存在を許しているその家族や擁護する人間たちの上に私たちの災いの全てを追いやってください。。。

       

      この世に災いがあるのなら。。。その災いはI口と言う性的異常の生き物の上に追いやって欲しい。。。

       

      『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ということが成就するには、まだまだ時間がかかります。

      簡単には実現しません。

       

      こうしている間にも、セクハラの被害に遭い傷ついて苦しんでいるセクハラの被害女性たちがいます。。。新たなセクハラの被害女性もでてしまっています。。。

       

      だから、祈り。。。を。。。

       

      呪いと言われてもいい。。。怨念と言われてもいい。。。

       

      私たちの努力だけでは、どうにもならないのなら。。。

       

      I口という性的異常の生き物とその存在を許しているその家族や擁護する人間たちの上に災いの全てを追いやったください。。。と祈る。。。

       

      それが次のセクハラの加害男性が出現することの抑制になるのではと。。。

       

      この祈りをするようになってから、私は「幸せです。」と言う状況です。

      他人の目には、私は「幸せ」にしか映らないでしょう。

       

      祈り。。。大切なことなのかもしれません。

       

      セクハラの被害に遭い苦しんでいる方。。。一緒に祈ってください。

      | - | 18:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      新しい年に向けて
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        今年も明日1日で終わりです。

        あっという間に過ぎた2016年でした。

         

        『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことのための活動は、あまりできませんでしたが、様々なことを経験し色々なことを学ぶことができました。

         

        『怒りを理論に変える』ことは、大切で難しいこと。

        でも、自分自身のために感情に流されては駄目だということ。

        生き残るためには、必要なことです。

         

        『怒りを理論に変える』ということをセクハラの被害女性になったことで私は学ぶことができました。

         

        2016年は、『理で行動する』人と『感情で行動する』人の差を見た年でした。

         

        『理で行動する』人は、一時怒りの感情に支配されても、周囲の人のアドバイスに耳を傾けることができ、少しずつ気持ちを整理し、熟慮することができるので最悪の事態を避けることができていました。

         

        『感情で行動する』人は、怒りの感情に支配されたまま、後手後手に回り、この先に待つものは破滅ではないかと思える状況になっていっています。

         

        人は、感情の生き物です。

        『情』があります。

        『優しさ』があります。

         

        『情』や『優しさ』を大切にするためにも、『怒りを理論に変える』ことが大切ではないでしょうか。

         

        大切な人たちを守るためにも。。。

         

        『怒りを理論に変える』ことは、難しいですが身につけていきたいです。

         

        よいお年を。。。

        | - | 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        過ちに気がついたときの選択肢
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          12月になりました。

          今年も、後、わずかです。

           

          過ちに気がついたときの選択肢は。。。

           

          『過ちを認め、改める』が一番いい答えなのでしょうが。。。とても難しいことです。

           

          過ちを認めることができても現実問題として『改める』ことができないという苦しい立場というのが大半ではないでしょうか。

           

          今は、まだ、書くことができませんが違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちを間近に見ているときなので『過ちに気がついたとき』にどうするかということを考えさせられています。

           

          もちろん、違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちとは距離を置くようになっていますが、気になっています。

           

          過ちに気がついたとき、完全に改善することはできずとも少しずつでも改善していく、改善するために模索するが私の周りの人たちの行動だったので、違法・不法の行為を改めようとせず進み続けている人たちの行動は、摩訶不思議です。

           

          違法・不法の行為を改めないことの先には破滅が待っています。

          なのに、違法・不法の行為を改めようとすることさえしない。。。本当に不思議です。

           

          過ちに気がついたときの選択肢。。。どれが正解なのか。。。わかりません。

           

          ただ、不正解は分かっています。

          違法・不法の行為を改めようとせず続けることです。

           

          『人の振り見て我が振り直せ』です。

           

          過ちに気がついたときの『改める』『改める努力をする』が正解の選択肢ではないでしょうか。

           

           

           

          | - | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          間違いに気がついたとき。。。
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            聖書の教えに『悔い改め』があります。

             

            過ちがだめなのではなく、過ちに気がつかないこと、過ちに気がつきながら改めないことがだめなのです。

             

            私も隠したいことあります。

            私も嘘をつくことがあります。

            ただ、その隠し事や嘘がばれないと思ったことはありません。

            いつかばれるかもしれないと思っています。

            ばれないように工作するより、ばれたときに、どう対応するかが大切だと思っています。

            どう対応するか。。。そのときは、ただ誠心誠意に。。。そのことを受け入れ悔い改めるしかないと思っています。

             

            隠し事や嘘は、「ばれないように神様に祈るだけ」という状況です。

             

            先日、通っている教会の人たちと電車で2時間近くかかる別の教会に行くことがありました。

            私を含めて4人で電車を乗り換え、4人とも降りるのは初めてという駅に到着しました。

             

            案内図は持っています。

            でも、4人とも地図の見るのは苦手です。

            改札口をでて、コンビニでコーヒーを買いまいした。

            そこで方向感覚が分からなくなったのでしょう。

            4人ともどちらへ歩いていけばいいのか分からなくなりました。

            私は、スマホの道案内のアプリを使うことにしました。

            スマホの道案内のアプリが示す道とは、線路を挟んで並行に歩いていました。

            4人は口々に「このまま真っ直ぐ行って、線路の向こうに渡れるところで渡ろう。」と言いました。

            歩きました。。。歩いても線路の向こうに渡れるとろこはありません。

            スマホの道案内のアプリで線路の向こうに渡ると目的地です。

            でも、線路の向こうに渡ることができません。

            大の大人4人がフェンスを越えて線路を横切るなんてできません。

            結局、駅まで戻りました。

            駅の階段を使い線路の向こうに渡りました。

            改札口を出たところで反対方向の階段を下りしまっていたのです。

            スマホの道案内のアプリを見ると示された道の上にいます。

            音声案内が始まりました。

            あっという間に目的地に到着しました。

            4人で大笑いしました。

            4人とも中々線路の向こうに渡れないことを経験したことがありませんでした。

            今までは、間違えに気がついたとき、すぐに線路の向こうに行くことができたのです。

             

            過ちに気がついたとき、間違いに気がついたとき、その場から、即正しいところに行くことができることばかりではありません。

            簡単に修正することができる過ちばかりではありません。

            間違いを簡単に直せることばかりではありません。

             

            4人の失敗は、間違いに気がついたとき、すぐに駅に引き返さずに、間違っているけど、そのうち線路の向こうに渡ることができると、間違ったまま進んでいたことです。

            体力も時間も無駄にしました。

             

            間違ったまま進むことは、時間と労力の無駄です。

            間違いに気がついたときは、少しでも早く、正しい方に修正すべきなのです。

             

            違法・不法の行為を改めることができずに進み続けている人たちを間近に見ていたときなので、なにか不思議なものを感じました。

             

            間違いに気がついたとき。。。少しでも早く修正すること

            これも『本当の保身』です。

            | - | 10:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            逃げるが。。。
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              暑い日が終わり、やっと秋になったと思ったら、10月とは思えない暑い日に戻りました。

               

              テレビドラマの『逃げるは恥だが役に立つ』のタイトルが目に留まりました。

               

              ことわざにも『逃げるが勝ち』というのがあります。

              意味は、「無駄な戦いや愚かな争いなら、避けてん逃げるほうが、結局は勝利や利益を得られる。」ということです。

               

              社会保険労務士として開業をすることを友人の公認会計士に報告した際、『悪い顧客を切る勇気を。』という餞の言葉をもらいました。

               

              開業して12年が経ちました。

              あの時の友人の公認会計士の言葉が胸に深く染み入っています。

              12年という月日の中で『悪い顧客を切る勇気を。』に救われたことが何度もあります。

               

              『逃げる』にも『悪い顧客を切る勇気を。』が必要になりますし、ただ、無責任に『逃げる』と事態を悪くすることになります。

               

              『逃げる』ということにも知恵と思慮が必要です。

               

              『殿(しんがり)』という言葉を耳にしたことはありますか。

              『殿(しんがり』の意味は、「退却する軍隊の最後尾にあって、追撃する敵を防ぐ役。列や順番などの一番あと。最後尾」です。

              戦況が不利になったときに退却を成功させるためのものが殿(しんがり)の軍隊です。

              退却は進むより難しいものです。

               

              私たちは、戦国時代のような人と人が命を奪い合う時代に生きてはいません。

              でも、仕事などでは、時には、撤退、退却、廃止などの進むことを止めるということが大切なときに直面することでしょう。

               

              『逃げるが勝ち。』と『逃げるは恥だが役に立つ。』を思い浮かべ、『引き際を見極める。』ことが大切です。

               

              このことに気がつかずに、また、受け入れることができず突き進む人がいます。

               

              目先にことに捉われず先を見ることが大切ではないでしょうか。

               

               

              | - | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              嘘は、いつかばれるもの
              0

                早いもので、9月も今日で最後です。

                明日からは、10月です。

                 

                昨日、ある市の市議の不正が新聞とテレビで報道されました。

                不正金額は、66万円。。。不謹慎ですが、「小さい。」と口にしてしまいました。

                 

                その市は、保育園と幼稚園の統廃合を巡って、市長と若いお父さん・お母さんとの対立がテレビや新聞でも取り上げられています。

                市長は、若いお父さん・お母さんが希望する話し合いを拒絶しまています。

                 

                よくある対立の構造です。

                 

                社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口の性的異常の生き物から、女性としての尊厳を傷つけられた私は、社会保険労務士会の役員たちに問題提起をしました。

                形ばかりの話し合いの場は、もたれましたが、結論は、私の問題提起に対して明確な回答がないまま、性的異常のI口の放置と対応を誤った社会保険労務士会の役員たちに対しての処分がないどころか謝罪もありませんでした。

                 

                そして、「終わったことです。」としか対応しない社会保険労務士会に対して、私は、愛着がなくなるだけでなく、「セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントなくす。」ということが成就するためには、社会保険労務士会という組織がなくなるくらいの大きな力が働かなければならないと感じるようになりました。

                 

                「終わったこと。」とですと社会保険労務士会に言わせないために平成24年の社会保険労務士会の支部総会では、興味のない『会費の滞納の会員への退会勧奨』を利用して、とりあえず、総会の場で波紋を投げるということをしました。

                『O都道府県社会保険労務士会の総会』

                http://ryoko.ayumu-office.com/?eid=54

                 

                あっ、それと、ある都道府県社会保険労務士会の副会長が、副会長という立場で入手した資料等を個人のブログに掲載していたことも、全国社会保険労務士会に問題提起しました。

                それ以後、その副会長のブログは、閉鎖されたようです。

                 

                対立の構造がなければ、『嘘』がばれる確率は低いでしょう。

                気まずい思いをすることを避けるため、『嘘』に触れないようにするのが人の性です。

                 

                でも、対立の構造があるときは、どうでしょうか。。。

                話し合いを拒絶された側の思いは、どこに流れるのでしょうか。。。

                諦める。。。確率は低いのではないでしょうか。。。

                『とっかかり』を求めるのではないでしょうか。。。

                 

                『とっかかり』は、本当に何でもいいのです。

                 

                『嘘』を暴くことが目的ではなく、『嘘』をとっかかりにして、問題提起したことを追及できる形にすることが目的となった場合、無関係と思われる場所にも影響があるのではないでしょうか。

                 

                私も『嘘』をつくことがあります。

                知られたくないこともあります。

                でも、それが、絶対に暴かれないと思ったことはありません。

                いつか、明るみにでることがあるかもしれない。。。と思いながら、その場は、『嘘も方便』を選ぶことがあります。

                 

                『嘘』は、いつかばれます。。。そう思うことが保身に繋がるのではないでしょうか。。。

                 

                 

                 

                 

                | - | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                求めるものは、世間の処分
                0

                  性的異常の生き物が、被害女性に与える精神的苦痛は、想像を絶するものです。

                  この部分に対しての社会の認識が低いため、セクハラの被害女性は、セカンドハラスメントの被害を受けます。

                  そして、セカンドハラスメントの被害が与える精神的苦痛も想像を絶するものです。

                   

                  性的異常の生き物に厳罰を求めれば、非難され。。。

                  性的異常の生き物に温情をかけ示談すれば、それはそれで、示談金に憶測が行き、「所詮、金か。」などの中傷で非され。。。

                  『被害女性』になった時点で、『生き地獄』です。。。

                   

                  私が一番『生き地獄』と感じているのは、セクハラの被害そのものでも、セカンドハラスメントの被害でもありません。

                  セクハラの被害を『声』にして、仕事を失わなかった被害女性を私は、他に知りません。

                  多くの被害女性は、仕事を失ったり、被害を『声』にしたことへの罰かのような処遇になったりしています。

                  日本国憲法にも勤労は義務とされています。

                  人は、働かなければ生活して行くことができません。

                  学生として勉強中心の生活より、生活していくための仕事をしている期間の方が何倍も長いのです。

                  その長い期間、やりがいのある仕事をしたいと思うのが普通です。

                  それを奪われることは、それが叶わないことは、地獄です。

                   

                  私は、セクハラの被害を『声』にして、セカンドハラスメントの被害を『声』にしても、幸い仕事を失いませんでした。

                  社会保険労務士会の役員たちや社会保険労務士会に依存しているような社会保険労務士たちとの交流はなくなりましたが、それ以上に仕事にはもちろん人生において必要な人たちとの交流を得ました。

                   

                  「幸せでない。」と言ったり思ったりすれば、バチが当たるような幸せな日々を送っています。

                  一日一日があっという間に過ぎていきます。

                  楽しい一日を送れば、夜は、布団に入るとすぐに眠ってしまいます。

                  朝も、起きることが嫌ではありません。

                   

                  仕事仲間との打ち合わせの後。。。

                  友だちと会ったり電話した後。。。

                  娘とショッピングしたりした後。。。

                  いろいろなことの後。。。ふと、セクハラの被害に遭い職を失ってしまった被害女性たちのことを思ってしまいます。

                  そして、この瞬間にも、新たなセクハラの被害女性が出てしまっていることを考えてしまいます。

                   

                  そして、『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことに無力な自分を思い知らされます。

                  辛いです。。。

                   

                  社会保険労務士で貝塚市の民生委員だったI口から、嫌がり拒否の意思表示をし、逃げているのを追いかけてこられ、背後に回られ、臀部を下から上触られるというセクハラの被害に遭った時から、『全てが幸せ』という日々がなくなったのです。

                   

                  性的犯罪の罰は軽すぎます。

                  死刑が執行すれば罰が終わり、刑期が終えれば罰が終わる刑事罰より、金銭を払えば終わる民事罰より、永遠に終わることのない『世間の処分』しか、『セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。』ことは成就しません。

                   

                  それを声高くしたところで、無関心な人が多い。。。

                   

                  だから、『呪い』『怨念』しかありません。。。

                   

                  性的異常の生き物に関わることが災いとなるように。。。

                   

                  毎日祈っています。

                  「この世の全ての災いが性的異常の生き物のI口とその家族と、性的異常の生き物を擁護する人間たちの上に追いやってください。」

                   

                  この祈りを始めてから、本当に私の周りは『万事が益』です。

                  | - | 10:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  性的異常は病
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                    一週間前、有名女優の息子で二世俳優の性的異常の行動のニュースが流れました。

                    朝から晩まで、テレビで流れていました。

                    マスコミの取り上げ方は、1ヶ月前の障害者施設の殺傷事件と同じくらいのように感じました。

                     

                    性的異常の行動を取ったのが有名女優の息子で二世俳優ということが大きな理由でしょうが、テレビから「大変なことをしてくれた。」「最低なこと。」「してはいけないこと。」「被害女性に一生かけて償え。」など、性的異常を取った男に対しての非難が流れてくることに長い月日の結果を感じました。

                    被害女性の心の傷を思いやる言葉も流れていました。

                     

                    10年前なら、これほどまでにマスコミは取り上げたでしょか。。。

                    10年前なら、被害女性に全く落ち度がなかったという扱いをしたでしょうか。。。心無い人間に被害女性にも落ち度があったように言われ、性的異常の行動を取った男を擁護するような声があり、更に被害女性を傷つけたものです。。。

                     

                    数日後、性的異常の行動を取った男の母親である有名女優が会見を行いました。

                    テレビ局各社が生中継しました。

                    その有名女優の会見は、見事でした。

                    多くの人が有名女優の母親としての辛さに涙したことでしょう。

                     

                    私のその有名女優が好きですので、「馬鹿息子、母親が可哀想。」と思いまいした。

                     

                    その2日後、ある芸能人が有名女優が会見したことを非難しているコメントを目にしました。

                    「被害女性のことを考えると(有名女優は)会見すべきではなかった。被害女性やその家族にプレッシャーを与えることになるかもしれない。」とコメントしていました。

                     

                    「はっ。」となりました。

                    母親は、「どんなことがあっても、ずっと母親だから。」だと性的異常の男に言ったと言いました。

                    その言葉に涙がこぼれました。。。でも、被害女性の立場になれば、性的異常の男の母親が世間の涙を誘えば誘うほど、肩身の瀬毎を思いをすることになるのではないでしょか。。。減刑を求めることを強要されるような空気になるのではないでしょうか。。。

                     

                    性的異常の男に与えられた心の傷は、目に見えません。

                    女性として人としての尊厳を踏みにじられた事実は消えません。

                    その生き地獄を生きなければならない被害女性。。。

                     

                    だから、新しい被害女性が出ないようにしなければならないのです。

                    だから、性的異常の行動をする男の存在を絶対許してはならないのです。

                     

                    性的異常の病です。

                    病を治すには家族の協力は不可欠です。

                     

                    感染症の病の人には、治癒のために家族の協力を求めるでしょう。。。感染症が拡散しないために、家族に協力を求めるでしょう。。。

                     

                    性的異常の病にも、家族の関わりが重要ではないでしょうか。。。決して、無関係ではありません。

                     

                    有名女優は、予定されている仕事は続けるそうですが、その仕事をすべきではないと私は思います。

                    「成人した子どものしたことだから本人(有名女優)は、仕事を続けて欲しい。」とコメントをしている人もいますが、先月の障害者施設の殺傷事件の犯人の親が有名人だった場合も、「成人した子どものしたことだから本人(親)は、仕事を続けて欲しい。続けてもいい。続けるべきだ。」と言えますか。。。

                     

                    性的異常の行動で被害女性がでた場合は、一族郎党が職を失い未来を失うくらいでなければ「セクハラを皆無にする、セカンドハラスメントをなくす。」ということが成就しないのかもしれません。

                     

                    私、ただただ祈ります。

                    「この世の全ての災いが、社会保険労務士で貝塚市の民生委員であった性的異常の生き物のI口とそれを放置していたその家族と、性的異常の生き物を擁護する人間の上に追いやってください。」と。。。

                     

                    この祈りをするようになって、「幸せでないと言ったらバチが当たる。」とういような毎日を私は過ごしています。

                     

                    聖書に、人の価値観で物事を判断してはならないという教えがあります。

                    周りの言葉や雰囲気に影響されて、物事を判断してはならないという戒めなのでしょう。。。

                     

                    | - | 09:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    トラブルに巻き込まれたときは、一呼吸
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                      暑い日が続きます。

                      「暑いですね。」が挨拶の言葉になっています。

                       

                      暑さは、人の思考能力を低下させるのでしょうか。

                      私の友人知人がトラブルに巻き込まれています。

                      先日から複数の友人知人から、いろいろなケースでの相談が。。。

                      どう解決すれば。。。相談されて答えに困ってしまいます。

                      法的に解決するには、損害を被った方が更に弁護士費用などの負担が生じますし、相手方に経済能力がなければ、法的な手段も無力です。

                       

                      複数の友人知人が口にする言葉に共通点がありました。

                      「相手が不誠実だ。」と「(相手は)逃げてる。」です。

                       

                      社会保険労務士で貝塚市の民生委員であったI口の性的異常の行動とそのことを問題提起した際の社会保険労務士会の役員たちのセカンドハラスメント問題での、社会保険労務士会の役員たちの対応を思い出しました。

                       

                      誠実か不誠実かの判断は、受け手がするものです。

                      自分がどんなに誠実に対応したと思っていても相手が「不誠実な対応」と言ってきたときは、「誠実な対応をしました。」と言い返すより、一呼吸おいて、「誠実な対応をしたつもりだったけど、不誠実な言動だったんかも。」と思いながら言葉を発した方が得策です。

                       

                      売り言葉に買い言葉。。。収拾がつかなくなってしまいます。

                      売り言葉に買い言葉になるのを避けるには、自分の方が一呼吸を置くこと。。。

                       

                      暑さで思考能力が落ちてるときは、尚更、一呼吸を置くことです。

                       

                      迂闊な言葉を発し、揚げ足を取られるより、一呼吸。

                       

                      それと、逃げて相手は追ってきます。

                      諦めてくれればいいけど、諦めずに、いつまでも追ってくるかもしれません。

                      逃げることも得策ではありません。

                       

                       

                       

                       

                      | - | 20:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |